今年の大河ドラマは紫式部か。勿論『源氏物語』の作者として教科書にも取り上げられているほどの人物だけれど、大河ドラマとして１年かけて描くには少しインパクトが弱いのではないかと、先日そんなことを知人と話していた。数年前に東京オリンピックを記念した金栗四三を主人公にした大河ドラマがあったと思うが、それに次いで大河としては珍しい人物を取り上げたなという印象がある。また、インパクトだけの問題ではなく今から約１０００年も前に生きていた人物で、資料的な面からみても全部で４０話以上を作る必要のある大河ドラマが成立するのかも心配であった。そこで私は知人に「紫式部の資料ってそんなに残っているものなのかな」と話を振ると、知人は「まぁ、昨年の徳川家康にしたって、結局のところ歴史なんて見方次第だろ。絶対に正しい歴史なんてないのだから、別に紫式部の物語だって、資料がないならないで想像で作れば良いのではないか」と何を今更という感じで言っていたが、全くその通りだと思った。史実はあってもそれをどう捉えるかは人の解釈次第だよなと。

 

先日、どこぞの学校では、国が指定した教科書を使わずに教員が用意したプリントを中心に授業が行われていて、それがかなり問題になっていた。憲法で認められている「自由権」。そののなかにある「学問の自由」さらにそこで認められている「教授の自由」は批判能力の低い小、中、高校生を相手にした授業では大幅に制限がかかるのだそうだ。まぁ、その考え方を否定する気は毛頭無いけれど、その一方で全員が全く同じ歴史観をもっているということに国家によるマインドコントロール的な何かを感じてしまう自分がいるのも事実ある。

 

というのも、数年前に小学生の子を持つ友人から聞いた話なのだが、小学校の道徳の教科書に野球を題材にした話があって、おおまかにいうと「ノーアウト二塁の場面で送りバントのサインが出た。しかし、相手の守備位置を見て咄嗟にバッターの子はヒッティングに変えた。すると打球は上手く内野を抜けてヒットになった。この子の判断は正しいか。」とかそういうものだったと思うけれど、答えは「正しくない」のだそうだ。そもそも、道徳に答えがあるということに驚かされたけれど、小学校の先生が生徒みんなで話し合いをさせて、その結果上手に「正しくない」になるよう導いているのかなと思うと考えさせられるところがあった。

 

ここまで書いてきて私の胸にふと三島由紀夫の『春の雪』の一場面がよぎった。それは次のようなものだ。

主人公の青年は剣道に汗を流す同級生たちを横目に、俺はあんな連中のように体を鍛えれば精神も磨かれると錯覚している単純な連中を軽蔑すると述べ、しかし１００年後の教科書には大正時代の青年という大きなくくりの中で俺も、俺のもっとも軽蔑するあの連中も全部が同類として一括りに書かれるのだと、落胆する場面である。

歴史という大きな波の中では、一個人は生きていたことすら誰の心にも残らない、一個人の思想なんて歴史という視点に立てば何の意味もないという考え方だ。もちろん、ここに三島は、自身の思想が「その他諸々」として扱われることへの無念さを表現していると私は解釈している。

 

この考え方はいかにも三島由紀夫らしくて良いのだが、その一方で私の好きな作家の一人である中島らもは、死について「僕が死んだら、みんなの心に小さな波紋が起こって、そして時とともにそれが静かに消えていけばよい」という言葉を残している。

歴史に何とか爪痕を残したいと必死な三島由紀夫に対して、「僕のことは静かに忘れて、みんながいつも通りの生活が送れるようになることを願う」と述べているような、中島らものこの表現が私は大好きである。

 

と、ここで少し話がそれてしまったので、閑話休題。

 

結局、何がいいたいのかというと、この「歴史観」は誰かによって都合良く作られていることも常に頭になければならないんだよなってこと。もちろん、「今この瞬間の歴史観」を含めて。

 

最後に「司馬史観」という言葉について。これは作家の司馬遼太郎の歴史観が世間一般の常識になっているとする言葉だ。これは知人がいっていたことだけれど、坂本龍馬が有名になったのは司馬遼太郎の影響があるのだそうだ。まぁ、坂本龍馬はさておき、私は日露戦争で大活躍した秋山好古、真之兄弟は間違いなく司馬遼太郎の『坂の上の雲』がきっかけで広く世間に認知されたものだと思っている。つまり、色々書いてきたけれど、歴史は史実はあっても、その捉え方は各自で考えなければいけないということ。まぁ、それを自分で考えるためにとりあえずの歴史観を学校で学ぶんだよなっていうのを考えると私の思想は堂々巡りになるのだけれど・・・。

 

甲本ヒロトが『情熱の薔薇』で「見てきたことや、聞いたこと、今まで覚えた全部、でたらめだったら面白い、そんな気持ちわかるでしょ？」と歌っていたが、あながちそれもないことではないのかとふと思うのだった。